014 最終の審議

この章では、013章の「判断の論拠」に続き、五輪エンブレム審査会の2日目に行われた最終審議について記します。

審査会当日のことを言及するにあたり、審査内容を記述することの意味や是非について、時間をかけて考えました。現時点では、組織委員会から審査の経緯や内容について公表の目処はたっていませんし、組織委員会が行った記者会見の発表内容を読みますと、真実が適正な方法で公表されるという確証はないように思われます。しかし、この度の審査は、五輪エンブレムを決めるための、『公』の仕事であり、『私』のことがらではありませんので、その意味を考えますと、審査委員として体験した審査内容を記録するという結論に至りました。

審査は8名の審査委員によって行われたため、審査会の内容に関する記述の方法については、守秘の倫理に基づき、基本的に、記名による投票内容や具体的な発言についての記述は控えます。道義的観点により記述可能な範囲であると判断した内容についてのみ記します。

初日の審査で14作品に絞られたのちの2日目の審査は、ひとり1票の持ち票で1作品に投票するというルールに基づき、進められました。審査結果は、1位案が5票、2位案が2票、3位案が1票という得票数でしたので、この審査方法では、ひとりの審査委員の投票によって3位入賞が可能となりました。2人の投票で2位入賞も可能でしたので、審査委員の認識が問われ、ひとりの意思が大きな意味を持つという、1票が重く感じられる審査でした。誰が審査委員なのか、いつにもまして、人選が重要な意味を持つコンペだったのです。

最終審査に残った14作品のなかで、私は入選作品以外で2点、1位候補と考えていた作品がありましたので、1位案とともに高評価を付けた2点の合計3点のなかから1点への絞り込みに時間がかかりました。今も、2日目の審査の持ち票1票という方法が最適であったのかという思いはくすぶり続けています。審査当時は、2位案と3位案の意味について、審査に関する説明書類を読むだけでは理解できていませんでしたが、1位案原案の修正問題などを経て、2位案と3位案の意味を改めて認識すると、1位案決定後に2位と3位のための再投票を行う、もしくは、1位案、2位案、3位案を対象に、ひとりの審査委員が3票、2票、1票を持って投票するという方法の方が、2位案と3位案の重要性に対して、より適正な審査方法ではなかったのかと考えています。

ここからは、4点に絞られた最終審議の議論の内容を要約し、記します。議論は1位案を評価する意見と、反論意見の真ふたつに分かれ、審議時間の多くは、1位案の是非についての議論のために費やされました。

まず、4位案に関しては、1名の審査委員の投票で最終審査に残りましたが、なぜこの案が残ったのか、理解できないようなレベルだと思いましたので、「造形性等を総合的に判断し、最終議論に残す作品ではないと思いますが(平野発言)」という主旨の意見を出したところ、複数の審査委員がこれに同意し、投票した審査委員も反論せず、早々に机上から下りました。この時点で審議対象の作品は、3作品に絞られました。4位案を評価した審査委員は、最終的に1位案に投票しました。

3作品に絞られた時点でも、1位案を対象とした活発な意見が交わされました。評価しないとする理由として、「新しくはない」、「50年前に主流だった表現であり、新しい表現ではない」、「既知感に対しての危惧がある」といった内容の意見が出ました。評価の理由としては、「展開力がある」、「展開への検証が行なわれており、すぐにでも具現化できる」、「自分たちにとっては新しい表現に見える」、「黒色の表現への評価(平野発言)」、「展開例のなかでも、エンブレムの黒い部分がスクリーンとなり、表彰者の顔が映し出される空間的な演出とディレクションが優れている(平野発言)」などの意見が多数出ました。審査委員であり、組織委員会のクリエイティブディレクターでもあった高崎卓馬さんは、2日目の議論の冒頭に、「昨日から、このプランのことしか頭に浮かばなかった」というような内容の発言をし、1位案の支持を表明していました。1位案は支持者と反支持者との間で、積極的な議論の題材となりました。

2位案について、2名の審査委員が投票しましたが、具体的な評価の意見はひとつも出なかったと記憶しており、議論の対象にはなりませんでした。審査委員のひとりが、2位案以外の作品の問題点の指摘に徹していたため、「そこまで批判するのであれば、どの案を評価するのですか。評価する作品とともに、その理由をお聞かせいただきたい(平野発言)」と質問したところ、間をおき、その審査委員は2位案を指し示したものの発言はなく、最後まで評価する人からの理由を聞くことができませんでした。もう一人の支持者からもひと言も発言はなく、同様に、評価の理由は聞けませんでした。他には、既存の流通関係の包装紙との類似性を指摘する意見が出ました。

3位案については、支持者1名による3位案への高い評価の意見を中心として、反論者との間で双方向の議論が交わされ、積極的な意見交換の題材となりました。3位案の支持者は一貫して、「これは素晴らしいデザインである」と、造形表現とタイポグラフィへの評価を主張し、最後まで3位案のデザインの正当性を讃える発言が続きました。得票には結びつかなかったものの、支持者以外の審査委員からも、3位案のデザイン性を評価する意見は出ました。反対の理由として、「好感が持てる良いデザインだが、オリンピックというテーマに対して相応しいかどうか疑問である」との意見が出ました。

このような議論が続きましたが(2015年8月28日の組織委員会の記者会見で、2時間くらい議論が続いたと発表)、1位案、2位案、3位案を支持する審査委員の意見が平行線のままで収集がつかず、最終的には、2位案、3位案を評価していた審査委員3名が折れるかたちで1位案に同意し、全員の総意として1位案に決定しました。ただし、同意したといっても、反対していた審査委員が折れたかたちでの議決でしたので、後味の悪い印象は残りました。審査直後に、組織委員会の担当者より、商標調査の結果が出るまでは作者名をあかせないとの説明を受け、入選作の作者名は公表されませんでした。

1票の意味や重さを考えると、記述しなくてはならない事実があります。初日の審査は、審査委員1名が事情により急遽欠席したため、7名での審査となりました。2日目の審査は、最終審査オブザーバーとして、オリンピアン1名とパラリンピアン1名の2名が加わり、10名で審査を行う予定でしたが、急な出張スケジュールが入ったとの理由で2名共欠席となり、8名での審査となりました。そもそもは、デザインの専門家だけで行う審査ではなく、オリンピック選手とパラリンピック選手の代表も加わり、五輪エンブレムならではの審査になる予定だったのです。

これらの審査の状況は、組織委員会によって、すべてビデオに記録されているはずです。

平野敬子

平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める