008 修正案承諾拒否の経緯と理由 – vol.2

「修正案承諾拒否の経緯と理由」の章は、ブログ1回分に想定している文字量に収まらず、007(vol.1)と008(vol.2)の2回に分けて記録いたします。

BLOG 007の章では、組織委員会主導の記者会見で、エンブレム修正案承諾拒否の事実が公表されるまでのいきさつを記述しましたが、BLOG 008の章は、私と組織委員会との打ち合せの記録を基に、当事者として、修正案承諾拒否の経緯と理由を記します。これから記す内容は、エンブレム修正案に関して組織委員会と2回にわたり行った、打ち合せの記録です。打ち合せのあとに、直感的に必要を感じて書き留めておいた、『打ち合せの記録』からの抜粋です。

 [第1回 打ち合せの記録]
2015年5月13日、高崎卓馬さん(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のクリエイティブ・ディレクターと審査委員の役職を兼任されており、打ち合せの内容から、今回は、組織委員会のクリエイティブ・ディレクターの立場で来社)と、組織委員会の担当者1名の計2名が来社。審査から半年間、組織委員会からはこの打ち合せのスケジュール調整まで、いちども連絡はなく、審査後の調査の状況などについて、この日まで何も知らされていなかった。打ち合せの冒頭に、1位に決定した五輪エンブレムの修正案を見せられる。高崎さんより修正に至った経緯の説明があり、修正案の承諾をとりつけたい旨を告げられる。この日はじめて、1位案が佐野研二郎さんのデザインであると組織委員会から聞いた。A4出力紙にプリントしたエンブレム修正案とともに、『TOKYO(トーキョー) TEAM(チーム) TOMORROW(トゥモロー)』というキャッチコピー案のような言葉のA4出力紙を見せられ、それらの書類についての説明を聞く。エンブレムのデザイン修正は高崎さんと佐野さんの2名で行ったとの説明を受ける。

平野修正案承諾を拒否。「選考で選んだデザインとまったく異なるデザインのため、とうていこれを許容することはできない。」‥‥「修正案は『T』に見えず『L』がプラスされたように見えるので、何を表現しているのか意味がわからず、見た人は混乱するのではないか。『L』に見える部分をどういうふうに説明するのか。図像からイメージできないということは、アイコンとして機能しないということです。機能しないということは、エンブレムとしては失敗です。」‥‥「なぜ修正を高崎さんと佐野さんの2名で行ったのか、審査委員として理解に苦しみます。」‥‥「審査会では『T』と『P』の、頭文字を様式化したデザインを1位案として選んだが、修正案は『P』ではなくなり、『TOKYO(トーキョー) TEAM(チーム) TOMORROW(トゥモロー)』とのコンセプトも、審査当時は提出されていなかった、つまり、これは後づけです。なぜ審査で選んだ案とまったく異なる案なのか、理由を聞かせていただきたい。」‥‥私のこれらの発言と質問に対して、高崎さんからパラリンピックエンブレムのデザインが変更に至った具体的な理由の説明を受ける。オリンピックエンブレムの修正案が、なぜ『L』に見える形状なのかについての解答はなし。商標調査で問題があったとの説明に終始する。パラリンピックエンブレムのデザイン変更の理由を聞き、「とくに、パラリンピックエンブレムは原形をとどめておらず、まったく違うものになっている、これはデザインへの冒涜です。審査委員としてこんなものを私は認めない。発表を遅らせて再検討すべきだと考えます。」と強く異議を申し立てる。‥‥「高崎さんと佐野さんが勝手に修正するのではなく、まず原案に立ち戻り、例えば、グラフィックデザインが専門の審査委員と相談し、修正の内容を検討するという方法もあります。そうはいってもまだ時間がありますし、発表を遅らせれば良いのですから、方法を再検討して下さい。」と平野意見を述べる。らちがあかず平行線のまま打ち合わせ終了。(『打ち合せの記録』より)
 
この日の打ち合せのなかで、パラリンピックエンブレムのデザインが修正になった理由を聞いておりますが、このブログのなかでは言及いたしかねます。“パラリンピックエンブレムの修正の理由”については、記者会見でも発表されていません。しかし、私の見識では見過ごすことができない、重要な内容だと考えています。“パラリンピックエンブレムの修正の理由”が事実であるならば、次の審査の基準にも影響する問題なのではないかと思われますが、2015年10月16日に公布された【東京2020大会エンブレムデザイン募集のご案内】には、白紙撤回となった“パラリンピックエンブレムの修正の理由”に関連する注意事項は記載されていませんでした。エンブレム委員会がこの事実を把握していない可能性も考えられますので、本件については、調査によって事実を明らかにし、迅速に対応すべきだと提言いたします。
 
[第2回 打ち合せの記録]
2015年7月8日、高崎卓馬さん1人で来社。5月13日の打ち合せに参加した組織委員会の担当者は、海外出張のため欠席。平野以外の7名の審査委員は修正案を承諾したとの報告を受ける。修正案は5月13日の打ち合せで見た案と変わらず。前回打ち合わせで異議を唱え、進言したことはいっさい検討されなかった模様。いつ、誰に対して修正案が提出されたか、何回の修正が行われたのか、修正の経緯を時系列で詳細に列記した書類が用意されており、その書類をもとに原案から修正案に至るまでの経緯説明を受ける。
 
平野修正案承諾を拒否。「審査のあと半年間連絡がなく、その間に勝手に修正したエンブレム案を結果報告のみで承諾できるわけがない。」‥‥「あれは何のための審査だったのか。審査委員を信じてくれた、他103名の出品者に対して申し訳が立たない。」‥‥「選考で選んだデザインとは似て非なるものであり、コンセプトも後づけである。コンセプトのコピーワークは審査時に見ていない。」‥‥「特にパラリンピックエンブレムの修正は悪質です。」‥‥「こんなことを許容することはできません。審査委員としてこんなものを認められるわけがない。発表を遅らせて再検討すべきである。この考えはぜったいに変えません。」‥‥「オリンピックエンブレムの提出ボードに含まれていたエンブレムの説明図は、タイポグラファーが制作したような専門的な書式に見えたので、本人以外の誰かと組んだのではないのか。そうであるならばルール違反ではないのか。1位案のデザインは、私が認識している作者の個性や作風ではありません。」と質問する。「あれは間違いなく佐野さん1人で制作しました。」と高崎さん答える。
 
7月24日の広報発表会のプレゼンテーションプランの書類を出し、発表会の内容を説明したいと言われたが、「プランを事前に見てしてしまうと、エンブレムのデザインを承諾し、広報発表会を了承したという既成事実ができてしまうので、拝見しません。」と伝え、資料確認を拒否。最終的には、「広報発表会の日程はぜったいに変えられないので、修正案で発表させていただきたい。」と、組織委員会の決定事項としての結論が伝えられる。‥‥「どんな事情があっても、私は修正案を発表すべきではないと考えます。」と平野伝える。この日も平行線のまま打ち合わせ終了。(『打ち合せの記録より』)

以上が、エンブレム修正案に関する2回の打ち合わせの記録です。

平野敬子

平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める