023 摩訶不思議な調査報告書

組織委員会が12月18日に公表した31ページに及ぶ調査報告書、「旧エンブレム選考過程に関する調査報告書(事前参加要請と審査結果の関係について)」を読みました。それによると、オリンピック・パラリンピック組織委員会の行使した前回コンペの審査において不正投票が行われたとの事実が明らかになり、「1次審査において不適切な対応があった」と、公に不正が認定されました。

しかし、それは公平な観点とはいえない、摩訶不思議な調査報告書だと思いました。なぜならば、調査の範囲が「参加要請文書の事前送付から入選作品の決定までの経緯について」という範囲のみに限定されており、永井一正氏と高崎卓馬氏、槙英俊氏の3名による不正行為という、新たに浮上した事実の1点のみをクローズアップするという、不自然なまでに偏った範囲の追求のみに焦点が絞られており、その結果、1次審査の不正は認めたものの、『1次審査における不正はあくまで、1次審査限りにおいて、審査委員代表及びクリエイティブ・ディレクター以外の審査委員が一切関知しないところで秘密裏に行われたものであるから、これがその後の審査に影響を及ぼした事実はなく、佐野氏作品を大会エンブレム候補として決定するという結論に影響を与えたとは認められない。‥‥「佐野氏作品を当選作品とすることが予め決まっていた出来レースであった。」という批判は当たらない。』と、2次審査以降の審査においては正常かつ正当な審査手続きが行われたと公言し、外部有識者による客観的な調査によって審査の公正性が結論づけられたという既成事実が作り上げられました。

ブログ014章「最終の審議」で記しているとおり、最終審議の冒頭から高崎氏が1位案を強く推す発言を行っており、そのことが議論や審査結果に影響を与えなかったとは言いきれないと思います。今回の調査によって、高崎氏が制作者名を知っていたという、明らかなる不正の事実が認定されたわけですので、この審議のときに高崎氏は1位案の作者を知っていて投票し、なおかつ1位案を強く推していたということは、最終審査は公正ではなかったということが決定づけられたことになるのではないでしょうか。どんな理屈を並べようと、秘匿で行うべき審査でありながら、コンペを司る立場でもあった組織委員会のクリエイティブ・ディレクターであり審査委員でもあった人物が、制作者を知りながら審議を進めたという不正行為が、結果として審査に影響を及ぼしたという事実の前で、「不正はあったが審査に影響なし」という開き直りともいえる調査報告書のスタンスは、審査に立ち会った者として、とうてい許容できることではありません。この「摩訶不思議な調査報告書」で、国民のみなさまの信頼や支持が得られると、ほんとうに思っているのでしょうか。

調査に際して、外部有識者によって審査時の記録映像を検証するとの説明を受けましたし、調査報告書の中の「DVD映像の検証から認定できた」との記述も読みましたが、審議時の高崎氏や槙氏の発言の記述は記されておらず、それらの行為に関する記録映像の検証は行われなかったのでしょうか。私自身の記憶の信憑性も確かめたいと考えまして、記録映像の閲覧を幾度となく申し出ましたが、最後まで聞き届けてもらえませんでした。調査協力のために、審査委員として体験した審査の記録映像を見たいとの申し出を拒否するということは、「調査の信憑性は保証できない」ということを、組織委員会自ら公言しているようなものではないでしょうか。

組織委員会のクリエイティブ・ディレクターとして審査の中心に位置し、実質的には「審査委員長」の役割を担っていた高崎氏が作品の制作者を知っており、知っていたことのみならず八百長審査を実行し、その事実を外部有識者によって不正と認定させながらも、同じ外部有識者によって公正な審査だったと明言させるという、これほど国民を馬鹿にした茶番劇はあるでしょうか。

「外部有識者により調査を行った結果、1次審査限りにおいては不正行為が行われ、不適切な対応があったものの、最終的には出来レースなどの不正はなかった」という、審査結果の正当性という結論を導くこと、これこそが組織委員会が考えた「調査の目的」だったということが明らかになったと思います。想定内の結論ではあったものの、現実のものとして目にした組織委員会の描いたシナリオの、不公平で摩訶不思議な理屈を読み、審査に関わった者として、胸が裂けるような痛みを憶えています。ブログ022章の文末に記しておりますように、組織委員会と外部有識者のみなさまの「人としての良心」を信じ、「公人の誇り」に最後の願いを託しましたが、このような願いを託した自らの愚かさを、いまは恥ずかしく思います。

調査報告書の検証と考察に入る前に、調査報告書に登場する人物について整理したいと思います。報告書には2名が記名で、1名が無記名で記録されておりました。記名者は、高崎卓馬氏と槙英俊氏、無記名者は、今回の不正行為を証明するための物理的な証拠の提供者として複数回出てくる「補助者」という名称の人物で、調査報告書の文脈から、槙氏のアシスト役として打ち合わせに同行し、メールの連絡係でもあった当時の担当者だと特定できると思います。以上の3名が、審査に際して組織委員会として接触してきた人物で、審査委員を依頼されてより白紙撤回に至るまでの間、私がやり取りをした組織委員会側の人たちです。今回の調査報告書の大半を占める永井氏と高崎氏と槙氏の3名による不正行為という新事実の物的証拠となったメール連絡などの情報は、電通の社員である補助者が提供した記録や情報が基となっていると思います。

まず、調査報告書の項目と一部抜粋を以下に記します。(*抜粋文章は、随時更新していきます。)

■「旧エンブレム選考過程に関する調査報告書」の項目と一部抜粋
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■はじめに(P2)
○2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の旧エンブレム策定に関する一連の問題につきましては、組織委員会として、取り下げに至る経緯、当時の考え方を調査・検証し、反省すべき点を整理して報告書にまとめ、9月28日の第8回理事会で報告いたしました。
○報告書では、策定の考え方、選考過程、発表から取り下げに至る経緯について、幅広く検証し、様々な反省点を浮かび上がらせることができました。
○しかし、その検証の過程で、一部のデザイナー8名に参加要請文書を公募前に送付した事実が判明し、加えて入選者3名はいずれもこの8名に含まれていたことが明らかになりました。
○組織委員会では、この事前参加要請と審議結果の関係については、さらなる調査を行わないと適切な検証が出来たこととならないと判断、民間有識者による調査チームの協力を得て、この関係についての検証を継続することとしました。
○調査チームは関係者に聞き取り調査を中心に活動を行い、調査結果を取りまとめました。これに組織委員会としての考察を加え、本報告書を作成しました。
○現在組織委員会では、次のエンブレム選考をすでに開始しておりますが、本報告書で得られた反省を活かして、国民の皆様に愛される新たなエンブレムを策定すると共に、今後の組織運営に今回の教訓を取り入れていく所存です。

平成27年12月18日
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 事務総長 武藤 敏郎

■1 調査概要(P 4~5)
[1]外部有識者について/有識者4名の氏名と職業名記載

[2]検証方法の概要
[2]-(1)関係資料の検証
組織委員会に保管、若しくは関係者に協力依頼し、任意で提出されたエンブレム審査に係る資料(メール、映像資料を含む)について検証分析を行った。
[2]-(2)関係者のヒアリング(文書回答も含む)
調査の対象は、関係した組織委員会職員(元職員を含む)、審査委員、参加要請文を事前送されたデザイナーに対して。ヒアリング対象者は合計のべ27人、ヒアリング時間は32時間

[3]調査内容について
[3]-(1)調査範囲/参加要請文書の事前送付から入選作品の決定までの経緯について
[3]-(2)調査事項/以下の項目について検討した。
・8名のデザイナーに対する参加要請文書の発出
・参加要請と優遇措置の有無
・参加要請と当選作品決定への影響

■2 公募・審査の経緯(P 6~7)

■3 調査チームによる報告(P 8~18)
[1]8名のデザイナーに対する参加要請文書の発出(8~11P)
[1]-(1)事実経過
[1]-(2)調査チームの意見

[2]参加要請と優遇措置の有無(P 12~18)
[2]-(1)事実経過
[2]-(2)調査チームの意見

[3]参加要請と当選作品決定への影響(P 19~22)
[3]-(1)1次審査について
[3]-(2)2次審査について
[3]-(3)審査日2日目の最終審査について
[3]-(4)結論
1次審査における不正は、あくまで、1次審査限りにおいて、審査委員代表及びクリエイティブ・ディレクター以外の審査委員が一切関知しないところで秘密裏に行われたものであるから、これがその後の審査に影響を及ぼした事実はなく、佐野氏作品を大会エンブレム候補として決定するという結論に影響を与えたとは認められない。
したがって、関係者の電子メールの精査結果、関係者のヒアリング結果、各審査委員の投票行動の検証結果から認められる事実関係からすれば、「佐野氏作品を当選作品とすることが予め決まっていた出来レースであった。」という批判にはあたらない。審査委員代表は、佐野氏を参加要請対象者に選んだのは、佐野氏は、日本のグラフィックデザイン界において最高の栄誉の1つとされる亀倉勇策賞の直近の受賞者であり、日本で最も力のある若手デザイナーの一人であると考えたためである旨述べており、その事自体に不合理な点は見当たらない。‥‥審査委員の中には、参加要請文書発出以降、審査日までの間に、大会エンブレムとは全く無関係の業務に関連して、参加要請対象者と接触した事実が認められる者が存在するが、大会エンブレム選定に関して、不適切なやり取りがあったと認めるに足りる証拠は一切存在しなかった。

[4]調査範囲外の事項(P 23~27)
[4]-(1)佐野氏作品の修正と最終決定に至る経緯
[4]-(2)その他の指摘事項

[5]結び(P 28~29)
「最高のエンブレムを送り出すために、小さな不公平を隠れて実行した。」私たちの身の回りで起こる不祥事の多くが、この手の論理に彩られている。「大きな目的の為に不正を不正と思わない。」「良いものを作るためにとった行動。」聞き取りの中で繰り返された言葉には、「結果第一主義」にどっぷり浸かった仕事の進め方があった。しかし、手続きの公正さを軽視し、コンプライアンスに目をつぶる、なりふり構わぬ働きぶりは、現代のオリンピック・パラリンピック組織委員会には全くそぐわない。‥‥今回の問題に現れた最も大きな瑕疵は、「国民のイベント」、「国民に愛される大会エンブレム」ということに思いをいたさずに、専門家集団の発想で物事を進め、「オールジャパン」に最も大切な層である「国民」の存在を蔑ろにしてしまったところにある。大会エンブレムとして選ばれた作品がどんなに素晴らしいものであったとしても、選定手続が公正さを欠くようなことがあれば、国民の支持を得られるはずがない。
再スタートを切った大会エンブレム選定手続においては、過去の経験を踏まえた上で、多くの人が「私たちの大会エンブレム」と胸を張れる作品を公正に選ぶことが求められている。

■4 組織委員会所見(P 30~31)
○1次審査において不適正な対応があったことが明らかになった。
○エンブレムは、オリンピック・パラリンピック大会の象徴的な意味を持つものであり、この選考過程において不適切な対応がなされたことは、非常に遺憾である。
○調査チームの指摘のように、これが最終選定に影響を及ぼすものでなかったとしても、エンブレム審査全般に対しての揺るがせかねないものであった。
○組織委員会は、この調査結果を謙虚に受け止めて、ガバナンス改革を以下のように実行していく。
(4項目表示)
○次のエンブレムの選考に関しては、エンブレムが「オールジャパン」で作り上げていくイベントの象徴である。との基本認識のもと、「透明性」と「国民の参画」を重視し、以下のように取り組んでいる。
(5項目表示)
○より広く国民の皆様に向き合った組織運営へと転換し、それを実現するマネジメントの強化をはかり、東京2020大会を国民・アスリートが主役のオリンピック・パラリンピックとなるよう、準備に全力を挙げていきたい。
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平野敬子

平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める