018 何のための調査なのか、調査の目的は何なのか – vol.1

組織委員会の調査の依頼を、11月30日に辞退しました。かねてより、審査委員の責務として調査は受けるべきだと考えていましたし、それ以前のこととして、白紙撤回となった直後より、調査すべきであるとの考えのもと、組織委員会の担当者に対し、水面下でそのことを訴えておりました。ですので、このような態度を表明してきた私が辞退したことについて、説明しなければならないと考えております。この章から複数回にわたり、調査の依頼から辞退までの経緯とともに、辞退の理由について記述していきながら、調査について考察したいと思います。

2015年10月29日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会総務局のリスクマネジメント部に所属する□□さんより、聞き取り調査への協力依頼のメールが入りましたので、同日に、「前回審査の審査委員として協力を惜しみません。どうかよろしくお願いいたします。」という文言とともに、調査を受ける意向を返信いたしました。しかし、調査依頼を受諾したあとに、インターネットの公的なニュースで調査に関する記事を見つけ、読みましたところ、調査依頼のメールには記述されていなかった、いくつかの気になることが書いてありました。その記事には、聞き取り調査を申し入れても断ることはでき、強制力はないため、どこまで真相に迫れるかどうかは定かではなく、不正な選考があった場合でも処分を科せるかどうかについても未定だということが書かれており(日刊スポーツ電子版10月29日)、調査には強制力がないとのことが記されていました。そして、調査を担当する外部有識者の名前とともに、その方々の専門分野がわかるように職業名が記載されていましたが、外部有識者と聞いていたにもかかわらず、エンブレム選考委員が含まれていることも知りました。調査を依頼する相手に対して、依頼時に伝えなければならないはずの調査の方針や内容、外部有識者の氏名などの必要な情報が何も記載されていない不明瞭な依頼であったということに、マスコミの記事を読んで気が付いたのです。これらの重要な内容についてすでに記者発表されているということは、調査依頼時にも決まっていた事柄だと思います。では、なぜ、そのような大切な情報を、依頼時に伝えていただけないのか、組織委員会の真意はわかりませんが、改めて、正式な依頼書や詳細情報を書面でお送りいただくようお願いし、受け取った正式書類の内容を確認し、調査の主旨や方法が理解できるまで、調査依頼の受諾をいったん白紙に戻したいということを、11月1日に伝えました。

五輪エンブレムに関するやりとりを経て、組織委員会の方法論は常にぶれないのだということを感じています。明確な文言で表わしてもらえず、曖昧な表現の文言によるやりとりが続くために、理解するまでに、通常のやりとりの何倍もの労力を要することになりますし、気持ちの悪さが残ります。

組織委員会の担当者の調査依頼メールには、‥‥組織委員会といたしましては、これまでの内部調査で、作品の管理、審査会での匿名性の確保など公正に行われていたと考えておりますが、‥‥今回の調査によって組織委員会に対する不信感の払拭に力を尽くしたいと考えております。‥‥と述べてあり、調査前にもかかわらず、すでに結論ありきの態度が見えており、調査をしていない段階で言う言葉なのか、疑念を拭うことができませんでした。この文章の言葉どうり、組織委員会の調査の目的が、組織委員会への不信感の払拭という、自己保身が前提の調査であるならば、導く結果は見えていると思います。調査を行う側も受ける側も、自己保身や自己防衛の発想から脱却しなければ、調査で導かれる結果は、意味のないものとなるでしょう。このように、組織委員会が主導する調査の目的は何なのか、何のための調査なのかを推考するために、質問を重ね、調査の方針や方法を確認しようとしましたが、結局、調査の目的を理解することができませんでしたために、最終的に、調査結果に対して責任を負うことができないとの結論が出て、辞退することを決めました。

私が考える、本来的な調査の目的は、問題の原因を探求解明し、原因が確認できれば責任者が責任をとり、反省の時を経て、再発防止につなげることにあるのだと考えますし、そのためには、適正な調査方法を投じることになろうかと考えます。今回、組織委員会が設定した調査期間は1ヶ月という短さであり、調査方法も、外部有識者という体裁をとりながら、組織委員会主導の調査であることは歴然であり、方法論も関係者への任意の聞き取りのみとなっておりますので、ほんとうにこのような安易な方法で、複数の人や企業の思惑が介在するであろう、五輪エンブレム問題の、いったい何がわかるというのでしょう。すでに1年以上も前の出来事の、記憶を辿りながらの聞き取り調査の信憑性を、だれが保証するというのでしょう。今回の問題では、調査対象者以外にも、多くの人が関わっていますので、聞き取り調査の対象者の人選も、充分だとは思いません。関係者の中でも、当事者ではなく客観的な立場の人からの方が、事実を聞き取れる可能性があるのではないかとも考えます。書類やメールといった物理的な記録や証拠も、多数残っているはずで、物証からの事実の積み上げという、信憑性の高い確実な方法を講じなくても良いのでしょうか。これらのことを考えてみても、調査の目的が原因究明や問題解決に向かっているようには思えず、任意による聞き取り調査という方法が適正であるとの見解に、どうしても同意できませんでした。組織委員会がイメージする調査の目的が何なのか、調査結果や調査報告書を見れば、きっとそのときにわかることでしょう。

「任意」という言葉を辞書で調べると、「思いのままに任せること。その人の自由意志に任せること。」と記してありました。

平野敬子

平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める