039 事実はひとつ

「五輪エンブレム問題の事実と考察」これは、発言の態度を表明するために、ブログのインデックスの頭につけたタイトルです。ここに「事実」という言葉を選択したことには意味があり、公の場での発言の態度として、嘘や恣意的な考えを介在させるなど、卑怯な方法をとらないよう戒の意味を込めて「事実」という言葉を選びました。「事実」はひとつです。ひとつだからその意味は重く、信頼できるのだと思っています。

五輪エンブレム問題では、私欲を持った当事者たちの嘘と嘘が交錯する様を目のあたりにしてきました。このことによって、とても単純な成り立ちであるにもかかわらず、混沌とした状況のように見えてしまっているのですが、実際は、問題の原因や構造はとてもシンプルなのです。ですので、素直な眼で五輪エンブレム問題を見てみると、関係者としての内なる情報を持ち得ない人であっても、五輪エンブレム問題とは何なのかということは、理解できると思います。

今現在も当事者は新たな嘘をつき続け、嘘に嘘が重ねられているために、収束の目処が立ちませんが、希望あることに、嘘はどこまでいっても矛盾をはらむために、「事実」の前では必ず破綻していきます。ですので、このブログでは、ひき続き「事実」を記録していきたいと思います。

「みなさん、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技についてのJAGDA見解がまとまりました。エンブレム問題の発生以来、JAGDA内部でも多くの議論が交わされてきましたけれども、第1回の設計競技のそれぞれの局面についてJAGDAがどのように考えて、また現在どのような見解に立っているかを総括しています。これは現在の全理事、全運営委員の承認を得てまとまった総括文でありますので、大事な一文でありますので、これを発表させていただきます。‥‥(見解文書の朗読)‥‥以上ですが、再度申し上げますが、これは理事会、運営委員会の様々な多角的な議論を経て承認を得たものとして発表されたものです。宜しくご了解ください。以上です。」

これは6月25日の総会冒頭の、JAGDA副会長の原研哉氏の発言です。

総会冒頭に、原氏が「現在の全理事、全運営委員の承認を得てまとまった総括文であります」と説明を加え、第1号議案として突然発表されたJAGDA見解文書は、24分間の文書朗読のあとに、「宜しくご了解ください。」と議案の承認を促され、見解文書「東京2020オリンピック•パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技について」は、1名の反対者がいたものの、賛成多数で承認されました。これが6月25日のJAGDA総会で起きたことであり、事実です。

このように総会での議案として承認がとりつけられたものの、会員に事前に送られた「書面評決状」には、見解文書が議案となる旨の記述がなかったため、総会での承認は成立せず、無効となることは、一般通念に照合すると確定しているのですが、これらの一連の出来事について、未だJAGDA事務局からの説明や報告はありません。事務局から連絡がないということは、会長、副会長を筆頭とする理事会からの判断や指示が下らないということですので、説明がないということは、理事会が執行部として機能していないと理解すべきでありますが、文書制作と承認取り付けを主導してきた当事者の理事会は、文書のことを会員に事前に伝えずに強行採決を行ったこの度の方法が適正だったと思っているのか、思っていないのか、不正だとわかっているのか、不正だったという認識を持っているのか、過ちだったのか、故意なのか、いずれにせよ、事を実行した者として、どういうことであったのかを説明しなければならない義務があるはずです。しかし、相変わらず沈黙し、JAGDAのホームページ上には会員に配布された見解文書冊子の部分のみを公開するという、公益社団法人の判断と行動とはとても思えない、本来的ではない、いびつで気持ちの悪い状況が続いています。

総会以降、事務局から発信される書面には、見解文書「東京2020オリンピック•パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技について」が、決議案として承認されたという事実の説明はなく、承認に至った方法が、あってはならない不当で不正な方法による強行採決であったことに対する釈明もなく、公式ホームページ上に公開している文書が、会員に配布された見解文書冊子の中の全ページではなく、部分のみを切り取る形で公開している理由についても説明はなく、それどころか、見解文書の位置付け説明内容が時間とともに変えられていくという、怪しげなことが行われており、このことについて、今から説明いたします。

[JAGDA見解文書の位置付け説明の変遷]
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(1)6月25日
これは現在の全理事、全運営委員の承認を得てまとまった総括文でありますので、‥‥これは理事会、運営委員会の様々な多角的な議論を経て承認を得たものとして発表されたものです。(総会での副会長の発言)
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(2)7月19日
この文章は、‥‥合意に達したものです。(見解文書郵送時のレター)
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(3)7月28日
この文章、‥‥は合意を形成してきた結論です。‥‥記名に同意した文章であります。(JAGDA公式ホームページの記載文)
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6月25日の総会で公表された際には、「理事会、運営委員会の承認を得て総括文がまとまりましたので」と、文書が全理事と全運営委員の承認を得たものであるとの説明が行われたにもかかわらず、それ以降、JAGDAから発信される説明では、「承認を得た」が「合意に達した」に変化して、その後「合意を形成した結論」、「記名に同意した」と、発信の度に異なる表現に変化しています。

「理事会、運営委員会の承認を得た」ということが事実だとすれば、なぜ、「承認を得た」とその後言わなくなったのでしょう。なぜ、そうせざるを得なかったのでしょうか。

「理事会、運営委員会の承認を得た」という説明を、「合意に達した」や、「記名に同意した」と言い換える、言い換えなければならない理由があるとするならば、理事と運営委員の全員が承認したという事実がなかったのではないか、つまり虚偽だったのではないか。なぜならば、運営委員のひとりから、文書が送られてきたのは総会の直前だったということを聞いており、総会まで時間がない中で、文書の内容確認のやりとりは行われ、内容に問題があるとして修正を促した運営委員の考えは十分に反映されなかったということを聞いています。このような不十分な状況であったにもかかわらず、6月25日の総会で公表し、「理事と運営委員全員の承認を得た」と事実と異なる説明によって強行採決が行われたのだとすれば、理事たちや運営委員たちが、総会での顛末にむしろ驚いていたのではないでしょうか。

「再度申し上げますが、これは理事会、運営委員会の様々な多角的な議論を経て承認を得たものとして発表されたものです。」という原氏の説明からはほど遠いドタバタ劇がJAGDA執行部の舞台裏では展開していたようですし、総会のあとに理事や運営委員からこの採決を問題視する異議が出なければ、「承認を得た」から「合意に達した」最終的には「合意を形成してきた」、「記名に同意した」というように、説明の文言を書き換える必要はないはずです。

このように、レターなどの書面では、「承認を得た」という文言が外されて、説明が書き換えられているにもかかわらず、JAGDAホームページ上に公開中の本文には、「理事会、運営委員会の承認を得て総括文がまとまりましたので、会員の皆様にご報告いたします。(『東京2020オリンピック•パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技について』P1より)」という文章が記されており、承認されたという事実が明文化されています。ということは、もしも理事と運営委員全員に承認されていなかったということが事実であるならば、文書の位置付け自体が虚偽であったということになってしまいます。

五輪エンブレム問題が起きて以降、新たに起きたJAGDA見解文書の問題を見逃すことができないのは、詐欺的な方法によって、JAGDA全会員に承認させたかのように見せかけて、公式見解文書というタイトルを手に入れて、その既成事実によってイカサマ文書を歴史の中に位置付けて、黒を白と思わせる、極めて悪質な情報操作がJAGDAという組織によって行われているという事実を目の当たりにしながら、黙認し、見逃し、受け入れるということは、結果的にその行為に加担することになるからです。世界に向かって、「我々、日本のグラフィックデザイナーは大嘘つきです。信頼に値しない存在です。」と宣言しているようなものなのです。

このままこのことを放置したとするならば、関係者の多くは存在していない可能性が高い50年後の世界には、イカサマ文書である『東京2020オリンピック•パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技について』だけは確実に残ります。そしてこの文書に書かれていることが歴史の中の事実だったと認識されることでしょう。文書は多くの虚偽を含む、事実が歪曲されたものであり、歪められた偽の内容が事実だったと誤認されてしまいます。しかし、五輪エンブレム問題の当事者たちがイカサマ文書を作成し、事実を歪曲させようとしても、「事実」を塗り替えることはできません。なぜならば、「事実」はひとつだからです。

この度の五輪エンブレム問題を通して、インターネット環境における情報操作の現状について、考えさせられる場面に度々遭遇しており、経済力によって都合の悪い情報を隠蔽する様子を、興味深く観察させてもらっていますが、問題に深く関与した人物が情報操作に余念がなく、故意の操作によって事実を隠蔽し、事実を歪曲しようとしても、嘘の発言をしても、沈黙したとしても、東京2020五輪エンブレム・コンペにおいて、誰が何を思い、何をしたのか、「事実」はひとつしかありません。誰ひとり「事実」を変えることはできません。

平野敬子

平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める