006 利害優先の土壌

今回の五輪エンブレム問題を考えるうえでは、日本のアートディレクションとグラフィックデザインを専門とするコミュニティの現状について考察しなければ、原因の構造が見えてこないと考えております。いまからの記述は、一見、エンブレム問題とは関係ないことのようですが、問題の原因究明のためには避けて通れない、重要な観点であると考えています。

私は現在、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)、東京アートディレクターズクラブ(ADC)、日本デザインコミッティー、AGIという団体に所属しています。

東京ADCの会員は、毎年発行される年鑑の審査に参加することになっていますが、2007年頃から審査を休みがちになり、会員の責任を果たせていません。かつて諸先輩方に仕事を評価していただいたことで、今日までデザインを続けられたとの思いがあり、投票する側に立つのであれば、クリエイションの未来を創造していく、これからの人たちの優れた作品を選び、評価したいと、1票の価値を信じて審査に参加してきましたが、ある時期から1票の無力さに絶望し、審査から足が遠のいていきました。

利害関係を優先する人の割合がある比率を超えると、審査は公平さを欠き、多数決の論理は健全に機能しなくなると考えています。そして私が審査を欠席するようになったのは、一部の人たちによる談合とおぼしき行為が目に余るようになってきた時期と重なります。事実、過去の受賞者のリストを見ると、ある特定の会社の人、もしくはその会社の出身者や系列会社の人たちが毎年のように名を連ねており、具体的には、2000年以降の16年間で、19作品がADC賞とADC会員賞等を受賞しており、例外にもれず本年度も、最高賞とADC賞それぞれに1作品ずつ複数人の受賞者を出しています。10,000点近い応募作品の中からADC賞に選ばれるのは10点ですので、その会社関係者の受賞率は、もはや天文学的な確率といえるでしょう。受賞の実績によっていずれは会員に推挙され、投票する立場になります。さらにわかりやすく説明すると、その会社や系列会社の会員が、関係者の作品に投票したとするならば、コネのない出品者との間には10票ちかい得票差がつきますので、当然のことながらその会社の関係者が受賞する確率が高くなるわけです。

このように、表向きは会員による多数決という公平なルールに見えながら実は公平とはいい難い、一部の人による談合とおぼしき構図が、近年、加速してきました。それらの作品が、日本のアートディレクションとグラフィックデザインの年間の最高峰の作品なのかと考えると、おおいに疑問が生まれます。ADC年鑑への出品点数が下降している近年の動向をみても、会の外側からはこのようなアンバランスの構図が透けて見えているのではないのでしょうか。

問題の根深さは、この欲深い人たちの行動を、支持する人もいることと、よくないこととわかっていても、黙認している人がいることで、ニヒリズムの蔓延が、エンブレム問題にもつながっていると感じています。一部の人たちが招いたこの気持ちの悪い現状を、心ある、良識ある会員はどのように考えているのでしょうか。

私の考察はあくまでも統計による数値を根拠とした推測です。もちろん談合の確証はありません。では、公正な審査を目指すにはどうすれば良いのでしょうか。公平公正な審査は、いきつくところ人の良心に問いかけるしかないのだと思いますが、ここは理想論を論ずるのではなく、審査方法の具体的な改善策を提案したいと思います。東京ADCとJAGDAの審査において、自分の会社および関連会社の作品には投票しないというルールを設定すれば、票の不公平さは改善され、今よりは公平さを取り戻すことになるでしょう。現に、他のデザイン団体の審査の事例として、自社の仕事には投票しないというルールを実行している審査会もあります。

審査では投票する側もされる側も、賞をとること、とらせることを目的化するのではなく、純粋に作品を評価し、偽りのないデザインの記録を行うことが、年鑑審査の意義だと考えています。そうでなければ年鑑に価値はなく、意味はないでしょう。他者の才能を讃えられる品性と知性を兼ね備えた真のクリエイターが集い、作品評価への純粋な目と、自らの利害を優先しない自制心を働かせることができれば、どんなにか風通しのよい審査になることでしょう。

ここからエンブレム審査のことに話を移行します。私以外の7名の審査委員の審査内容は、私が言及すべきことではありませんので、情報開示の判断について組織委員会に任せますが、私自身のことは責任がとれる範疇だと思いますので説明いたします。最終投票で私は1位になった案に投票いたしました。その根拠については、改めて別の機会に説明したいと思います。

今回のエンブレム問題に対し、審査委員のひとりとして審査の在りかたへの考察を重ねておりますが、すでに表面化している、運営側が主導した問題とはまったく別の問題として、近年、業界にみられる利害優先の構図がなかったとは断言できないと思っています。

平野敬子


[修正の報告]
ブログを読んで下さっているみなさまへ報告があります。デザイン関係者より、006の文章のなかで、誤解を招く恐れがある箇所があるとの指摘を受け、一部修正を加えました。修正した文章を11月28日に更新しましたことを報告いたします。

平野敬子
2015年11月28日


平野敬子 デザイナー/ビジョナー コミュニケーションデザイン研究所 所長
白紙撤回となった2020東京五輪エンブレムの審査委員を務める